[Vol.20]富士山 × 文学 × 葉山

[Vol.20]富士山 × 文学 × 葉山

葉山は三方を山に囲まれ、正面には富士山を望む海が広がります。風光明媚な保養地であるため、皇室の方々をはじめ、文化人や実業家、政治家などの別荘や邸宅が数多く建てられました。多くの作家や詩人も移り住み、目の前に見える壮麗な富士山を作品として描きました。今回は、葉山を愛した文人たちが心を奪われた相模湾越しの富士山をご紹介します。

● update 2016.2.26 ●
空気が澄む今の季節は、富士山が特に綺麗に見えます。
それぞれの作品で取り上げられた富士山の風景を眺めながら、小説や和歌の世界に思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。

富士山は、古くから日本人の信仰の対象として崇められてきました。
日本で最古の歌集「万葉集」でもその姿が表現されています。

田子の浦ゆ
うち出でて見れば
ま白にそ
富士の高嶺に
雪は降りける

(『万葉集』山部赤人)

現代にいたるまでに、和歌や文学、絵画、写真等多くの芸術作品が富士山をモチーフにしてきました。
富士山は、私たち日本人にとって、時代を越えて、精神的にも文化的にも大きな存在です。

詩人・堀口大學 × 森戸海岸の富士山

海水浴場としても人気のある森戸海岸は、葉山の中で一番広い海岸です。
目の前には、赤い鳥居が建つ「名島」が浮かびます。
白い灯台は「葉山灯台(別名・裕次郎灯台)」で平成元年(1989年)に石原裕次郎三回忌を記念して兄・石原慎太郎が建設しました。

夕陽に照らし出される富士山。手前には名島と葉山灯台

夕陽に照らし出される富士山。手前には名島と葉山灯台

詩人の堀口大學は、戦後疎開先から温暖な葉山へ移り住み、以来、89歳で亡くなるまで、この地で暮らしました。
美しい山と静かな海に囲まれた葉山をこよなく愛した彼の随想には、その風土を描いたものが少なくありません。
中でも、森戸海岸から眺める富士山が一番のお気に入りであったと言われています。

なだらかな両裾を均等に張り
山頂の線 山麓の線
平行の兼ね合いもよく
さねざしの相模の海の 真向に
居然 真西の 真正面
箱根 大山 れんげ座に
なか空高く 荘厳に
弥陀のみすがたさながらの
結跏趺坐 わけても暮れ方
拝みたくなる……

葉山に住む身の 身びいきの
ひとりよがりの 手前味噌?

まさかと思うが 論より証拠
一度来て眺めませんか

(堀口大學 『虹消えず』)
森戸の夕照

森戸海岸からは、相模湾の水平線を越えて、富士山、箱根の山々、江ノ島や鎌倉の市街地などがはっきりと見えます。
「森戸の夕照」として「かながわの景勝50選」に選ばれている夕陽と富士山のコントラストは見事です。

夕焼けや森戸の浜の富士高く

(堀口大學『虹消えず』)
森戸神社の周辺は岩礁に囲まれている

森戸神社の周辺は岩礁に囲まれている

森戸神社にある大學の詩碑「花はいろ、人はこころ」

森戸神社にある大學の詩碑「花はいろ、人はこころ」



作家・吉野万理子 × 真名瀬の富士山

真名瀬は、葉山唯一の漁港です。
澄んだ海と静かな漁港の風景越しに見える富士山は美しく、天気のいい日には写真愛好家がカメラを構えます。

作家・吉野万理子×真名瀬の富士山

平成18年(2006年)に新潮社より発行された吉野万理子の短編集『雨のち晴れ、ところにより虹』。
逗子、鎌倉、葉山などを舞台にした、日常の1コマを描いた作品集です。

「あじさい公園の近くに住んでるんですが、家から見える富士山とここからの富士山、
角度が違うと印象も違うもんですねぇ」

関心したようにそんなことを言っている。
雄貴にとっては見慣れた景色だが、この漁港の防波堤からの眺めをほめる人は多い。
湾内には、いくつも漁船が浮かんでいる。
その外には名島が広がり、さらに先の右手からは、案外大きく江ノ島が突き出ている。
葉山から江ノ島まで陸地を通って行くと、途中に逗子市と鎌倉市を挟むのでそれなりの距離があるわけだが、
海を介するとその遠さは感じない。沖は風が強いらしく、かすかに白波が立っている。
そして、はるか先には富士が蒼くそびえているのだった。
その景色を、まるで自分の手柄であるかのように、オジイが言う。

「たいしたもんだろ。この海、沖縄ほど青くはないんだが、洒落てるんだ」

(吉野万理子『雨のち晴れ、ところにより虹』「ブルーホール」より)
真名瀬のバス停

真名瀬のバス停

あじさい公園から見た富士山

あじさい公園から見た富士山



作家・秋山ちえ子 × 三ヶ岡の富士山

三ヶ岡は海岸線に面した斜面地で風光明媚な場所であることから、大きな別荘が数多く建てられました。
海岸が一望できるハイキングコースからの富士山の風景は「関東の富士見百景」に選ばれています。

作家・秋山ちえ子×三ヶ岡の富士山

平成6年(1994年)に岩波書店によって発行された秋山ちえ子の作品『九十九歳の恋うた』。
三ヶ岡山の麓に住む老夫人が、白寿のお祝いに「九十九歳になっても人を恋うるみずみずしい心があることのすばらしさを、若い人たちに知らせたい」と歌日記の制作を思い立ちます。

老夫人が恋心を抱いていたパリ在住の従兄弟とは、レオナール・フジタこと藤田嗣治。
二人の再会は、老夫人が65歳、レオナール・フジタが73歳の時でした。

二階から海が一望の下に広がり、晴れた日には海の向うに伊豆の山々、富士山が見えた。
冬の透明感のある濃いブルーの空に、真白く化粧した富士山が見える日は、
老夫人にとって至福を思う日であった。
四季折おり、雨の日も、風の日も、嵐の日も、さまざまの表情を見せてくれる海は、
人間の生活に充実感を与えて余りある大自然からの賜物であった。

(秋山ちえ子『九十九歳の恋うた』)
夕陽と富士山

今の季節、澄んだ空気の向こうにひときわ大きい富士山が見えます。
作家たちが愛した風景を辿りながら、自分だけのとっておきの富士山を見つけてみてくださいね。

【参考文献】
・小島憲之・木下正俊・東野治之[校訂・訳](2008)『日本の古典をよむ④ 万葉集』小学館
・堀口大學(1983)『虹消えず』新潮社
・吉野万理子(2006)『雨のち晴れ、ところにより虹』新潮社
・秋山ちえ子(1994)『九十九歳の恋うた』岩波書店

富士山絶景MAP

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