![[Vol.28]葉山の光とアート](img/title.png)
日本の公立美術館のなかでも有数の質と量を誇っています。
現在、谷川晃一と宮迫千鶴による二人展「陽光礼讃」が開催されているので、早速訪れてみました。
「陽光礼讃 谷川晃一・宮迫千鶴展」
1960年代から画家として、また美術批評家としても活躍してきた谷川晃一さんと、妻で画家、エッセイストとしても名高い宮迫千鶴さんは、夫婦ともに美術と著述の両分野において第一線で活動し、谷川さんの『アール・ポップの時代』(1979年)をはじめとする鋭い美術批評や、宮迫さんの女性論や家族論などの社会批評は注目を集めました。谷川さんは1979年以降に「アール・ポップ展」や「チャイナタウン・ファンタジア展」を企画開催するなど、創作活動と文筆活動の両輪で時代を走り続けてきました。
![]() 谷川晃一 ≪大室山脈≫ 2009年 アクリル、紙パネル |
谷川晃一(たにかわこういち) 1938年東京生まれ。画家、絵本作家、美術評論家。独学で創作を始め、読売アンデパンダン展で作家デビュー。同時に精力的に評論活動を展開。1988年に伊豆高原に移住、「陽光礼讃」をテーマに創作を行う。1993年、伊豆高原アートフェスティバルを創立。著書に『草色のギャラリー』など多数。 |
夫妻が理想とするライフスタイルに行き着いたのは、1988年に伊豆高原に移住してからだといいます。都会を離れ、豊かな自然と陽光満ちた地で「日々の暮らしの中の芸術」を実践するとともに、サンタ・フェやアリゾナ、フィンランドなどを旅し、ネイティブな文化への共感を深めていきました。
![]() 宮迫千鶴 ≪海辺の食卓≫ 1998年 コラージュ、アクリル、紙 |
宮迫千鶴(みやさこちづる) 1947年広島生まれ。広島県立女子大学文学部国文科卒業。美術活動とともに、写真や美術、家族をめぐる評論やエッセイを発表。1988年に伊豆高原に移住し、自然にそった暮らしや「心と体の癒し」などをめぐるエッセイを書きながら、絵のある生活を実践した創作活動を行う。2008年死去、享年60歳。 |
種としての人間と、雑木林や生き物たちの共生関係、それを描こうと思ったのが始まり。
(「陽光礼賛 谷川晃一・宮迫千鶴展」カタログ 発行:神奈川県立近代美術館 P104,作家へのインタビューより)
伊豆に移ってきて最初にやろうと思ったのは、自分が感じた自然を描くことでした。
谷川さんの最新作である「雑木林シリーズ」は、伊豆高原のアトリエの窓から見える緑豊かな雑木林の風景を描いたものです。
伊豆高原の自然あふれる世界を描いた作品からは、海と山に囲まれた葉山と通じる空気が感じられます。

谷川晃一《雑木林の生命》2015年 アクリル、紙パネル
私は東京に生まれ、主に東京で暮らしてきたが、二十五年前に今住んでいる伊豆高原に転居してきた。それは海辺の森の町といえる自然の陽光にあふれたこの土地に魅かれたからである。それ以来、伊豆高原の雑木林や海や山にインスパイヤーされた明るい絵を描いている。明るい絵を描くのは私の性向であり、決意したわけではない。自然にそうなった。さらにいえば、そうなったことを幸いだったと思っているし、いつもこの土地の環境に感謝しているのである。
(谷川晃一『雑めく心 奇想的思考あふれるエッセイ集』せりか書房、 2016年 P141)

「陽光礼讃 谷川晃一・宮迫千鶴展」展示風景
のびやかで美しい作品には伊豆高原の自然の息吹が描かれ、鑑賞していると、陽光あふれる葉山の自然に対しても感謝の気持ちが湧き上がります。
美術館では、この期間「コレクション展2:光、この場所で」と「特集展示 坂倉新平」という「光」をテーマにした展覧会がそれぞれ開催されています。
一色海岸を見下ろす窓のある展示室のブラインドを開けて、海辺の光とともに作品を鑑賞することもできるので、この機会にぜひ訪れてみてください。
「陽光礼讃 谷川晃一・宮迫千鶴展」 【開催日時】2016年10月22日(土)~ 2017年1月15日(日)9:30 ~ 17:00(最終入館/16:30) |
「コレクション展2:光、この場所で 特集展示 坂倉新平」 【開催日時】2016年10月22日(土)~ 2017年1月15日(日)9:30 ~ 17:00(最終入館/16:30) |

イサム・ノグチの《こけし》は、2016年3月末に惜しまれながら閉館した神奈川県立近代美術館 鎌倉から移ってきたばかり
表情豊かな彫刻と葉山の自然
神奈川県立近代美術館 葉山は、背後には三ヶ岡山、前方には一色海岸に面した眺望が望めます。館内の庭園には19点の彫刻が設置されていて、訪れた人を楽しませてくれます。

子どもも一緒に楽しめる彫刻マップ
ひっそりと風景に馴染んでいる作品もあるので、館内で配布されている彫刻マップを片手に、探して歩くのも面白いのではないでしょうか。
庭園を歩いていると、彫刻は、目の前の葉山の風景にぴたりと合う作品が配置されていることに気がつきます。

西雅秋《大地の雌型より》
葉山の海や山、樹々に囲まれる作品は、季節の移ろいと共に美しく姿を変えていくため、訪れる度に違う表情を見せてくれます。

左)陽光が差し込む庭園
中)保田春彦《地平の幕舎》の作品の向こうには、三ヶ岡山が見える
右)ホセイン・ゴルバ《愛の泉》は足元のボタンを押すと実際に水が出る仕組み
散策していると、鈴木昭男さんの「点 音(おとだて)」という作品が目に入ります。
耳と足をかたどったプレートのそばには、「しばらくその上に佇んで耳を澄まし、あなたの音楽を探してみて下さい」という言葉があるので、見つけたら、ぜひそのプレートの上で佇んでみましょう。

鈴木昭男《「点音(おとだて)」プレート・葉山(神奈川県立近代美術館 葉山)》 3点組のうち1点
この場所でしか聞くことのできない葉山の音に耳を澄ましていると、今まで気づかなかったさまざまな風景を感じることができるかもしれません。
美術館に訪れた際には、葉山の気持ちのいい陽の光を浴びながら、美しく表情豊かな風景と彫刻を楽しんで行ってください。

アントニー・ゴームリー《Insider Ⅶ》
葉山の自然の中から紡ぎだされるアート
次に、葉山で創作活動をしている造形作家のサカキトモコさんのアトリエにお邪魔しました。
サカキさんは、これまでフィンランドの伝統装飾である麦わらモビールのヒンメリを独学で研究し、日本に紹介してきた第一人者の「おおくぼともこ」さんでもあります。
![]() 正八面体によって構成されているヒンメリ |
サカキトモコ 2005年、フィンランドの伝統装飾「ヒンメリ」の研究を独学で始める。2007年「おおくぼともこ」の名前で展覧会やワークショップを全国で開催しながら、日本に紹介する。2012年「種子の起源」を題材にオリジナル作品に挑む。2015年、自身の作品を「麦わらの彫刻」として捉える。2016年、創作活動名を「サカキトモコ」とする。 |
ヒンメリは、フィンランドで太陽神の誕生祭や翌年の豊穣を祈願する冬至祭「ヨウル」に飾られたのがはじまりで、人が天に向かって祈りを捧げる際の装飾品だったそうです。
その語源は「光」で、純粋に捧げる気持ちで麦わらを結び合わせる行為は「祈り」であり、ヒンメリは「祈りの結晶」とも言えると、サカキさんは仰います。
麦わらに通した糸が結ばれて、はじめてヒンメリはヒンメリとなる。それは目に見えるかたちとしてだけではなく、「結び」という祈りの行為によって、そこに霊魂が添え留められ、生命が宿り、成長へと導かれる過程があると思うがため。
(おおくぼともこ『種子の起源 THE ORIGIN OF SEED』)

あたたかい日差しが入る気持ちのいいアトリエ
ヒンメリを研究し、自然の摂理と出合っていくうちに、サカキさんは徐々に目の前にある自然が着想となって、自然界の目には見えないものを形にしたいという想いから、創作スタイルや技法が変わり、表現がヒンメリから麦わら彫刻へと昇華していきました。

左)ヒンメリ(左奥)と2012年より発表された麦わら彫刻「種子の起源」の作品の数々
右)旅先などで出会った自然界のものたちも創作の着想になっている
ヒンメリは、吊るすことによって天への光を感じる、光のモビールだとも言えますが、ヒンメリから生じる影もまた味わい深いものがあります。
お話しを伺っている間に差し込んでいたあたたかな陽が翳り、ストーブが燈りだすと、その灯りによって影が生じて、柔らかな陰影が空間に出現しました。

居心地のいいアトリエにストーブが燈り、麦わら彫刻が照らし出される
光によってできる影から物体の形が明らかになる、光影の関係性にも似ている。光がなければ物は見えない。
(おおくぼともこ『種子の起源 THE ORIGIN OF SEED』)
だが、影によって私たちはその事柄を把握し、その影のなかに本質を見出すこともある。
光によって、1本の麦わらからなる造形物が、光と影をはらむ存在であるということに気づかされました。
アートを通じて、葉山の豊かな自然に感謝すると共に、その穏やかな日差しもまた特別で素晴らしいものだと感じられるひと時でした。
サカキトモコ 麦わら彫刻展「苞と種子と」 【開催日時】2016年12月3日(土)~ 2017年1月9日(月・祝)10:00 ~ 17:00(最終入館/16:30) |
【掲載作品】
・谷川晃一《大室山脈》2009 年 アクリル、紙パネル
・宮迫千鶴《海辺の食卓》1998 年 コラージュ、アクリル、紙
・谷川晃一《雑木林の生命》2015 年 アクリル、紙パネル
・イサム・ノグチ《こけし》1951 年 万成石
・西雅秋《大地の雌型より》2003 ~ 5 年 漁船 5 艘(コンクリート型抜き)、古井戸、四阿
・保田春彦《地平の幕舎》1993 年 鉄
・ホセイン・ゴルバ《愛の泉》1993 ~ 7 年、2004 年 鋳造 ブロンズ
・鈴木昭男《「点 音(おとだて)」プレート・葉山(神奈川県立近代美術館 葉山)》2012 年 コンクリート、3 点組
・アントニー・ゴームリー《Insider Ⅶ》1998 年 鋳鉄
【参考文献】
・谷川晃一『雑めく心 奇想的思考あふれるエッセイ集』(2016)せりか書房
・「陽光礼讃 谷川晃一・宮迫千鶴展」カタログ(2016) 発行:神奈川県立近代美術館
・おおくぼともこ『種子の起源 THE ORIGIN OF SEED』(2015)
【撮影協力】
神奈川県立近代美術館 葉山
※取材に際して許可を得て撮影しています。

神奈川県立近代美術館 葉山
神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1☎ 046-875-2800
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/
開館時間
9:30~17:00(最終入館/16:30)休館日
月曜日(祝日および振替休日の場合は開館)展示替期間(レストランと駐車場は月曜を除き営業)
年末年始(12月29日 ~1月3日)
アクセス
JR逗子駅前の3番バス乗り場から「逗11、12系統(海岸回り)」行きに乗車し、「三ヶ丘・神奈川県立近代美術館前」で下車